朝起きてコーヒーを入れる。
けれどそのあとに、お弁当を作り、朝食を作る。
連絡帳を書き途中で、子どもが起きてママと呼ばれる。
またか。と。
気づいたら、カップの中のコーヒーは冷めている。
でも私はママになってから、これが普通のことだと思っていた。
ママってそういうもの。それに、私よりもっと大変な人もいるし、と。
でも、感じることはある。
息子の「ねえ聞いて」に、 笑顔で返せないときだったり、
旦那の「ありがとう」(ごくごく稀に)を、 素直に受け取れない自分がいたり。
自分を削って、削って、絞り出して渡している優しさはって、きっとどこかで自己犠牲と入れ替わっていたみたいだった。
自分が空っぽのままでは、 誰かにあたたかいものは渡せない。
大げさな「自分時間」じゃなくていいからさ、コーヒーを、あたたかいうちに飲む。
きっと、 それだけでいい。












