「傷ついた私だけが私」という物語
傷ついた出来事よりも、「傷ついた私」を手放せない
ふと訪れるリビングにくる私だけの時間。
一人になりたいのは、頭の中を空っぽにしたいから。
ただただボーっとしたい。
そんな時間は、「私だけの時間」が流れ始めたと感じる。
けれど、そんなときに不思議なくらい昔の出来事が浮かんでくることがある。
今日の事じゃないのに、なぜか、何年も前のことが浮かんでくる。
友人に言われた何気ない一言。
仕事の仲間に言われた心無い一言。
旦那に言われたため息まじりの一言。
そして、その時その時の皆の表情。
もう終わったはずなのに、この場に皆はいないのに。
相手はもう忘れているかもしれない。
そんなことあったっけ?と言われると思う。
でも。でも私だけが、あの日に取り残されている。
そして思い出すと、私の胸の奥だけが、まだあの日のまま止まっていると感じる。
「いや、もう忘れなよ。」
「時効だよ。」
「時間が解決してくれるからさ。」
周りからそう言われても、忘れられないことってありますよね。
思い出したくないはずなのに、気づけばまた同じ場面を頭の中で再生をしてしまう。
もう早く楽になりたい。
思い出すと胸も喉もキュッと閉まる感じがするのに。
緊張したかのように鼓動も早くなるのに。
それなのに思い出してしまう・・・思い出そうとしている自分がいる。
すべて忘れてしまいたい。
自分の行動も相手からの一言と表情と。
そう願っているのは本当なのに、やっぱり自分で何度もその傷に触れにいってしまう。
思い起こせば私も、相手に同じことをしていたな。
恋愛の話を聞いた時。
仕事の愚痴を聞いた時でも。
ママになってから息子の話を聞いた時も。
「大変だったよね。」「嫌だったよね。」
私は、そんな言葉をかけては、時間が解決してくれるだろうと心で思っていた。
けれど、なぜ私は誰かに話しをしたいのだろうか。
「それは大変だったね。」
こう言ってもらえる。
そして、その言葉に救われたことも、何度もあるのは事実。
でも、ある日気づいたんです。
本当は忘れたい。
でも、
忘れたら、あの日の私まで消えてしまう気がする。
だから、「傷ついた私」を何度も確認していたんだ、と。
もちろん、本当に傷ついた出来事だった。
だから、忘れなくてもいい。
許せなくてもいい。
でも、少しだけ気になったことがある。
どうして私は、この「傷ついた私」を手放せないんだろう。
きっと、そこに私を置くと、悪いのは相手だと証明できる。
頑張ってきた私を分かってもらえる。
「仕方なかった」と、自分を守ることもできる。
そこにいる限り、私は悪くなかったと証明し続けられる。
あの日の私は、間違っていなかったと信じ続けられる。
苦しい場所だったのに、なぜか離れられない。
傷ついた私でいることだけが、あの日の私を裏切らない方法だと思っていたのかもしれない。
これに気づいたからといって、今日から「傷ついた私」を、手放せるわけではない。
きっとこれからも思い出して苦しくなる日はくるだろう。
でも、少しだけ問いを変えてみることにしてみる。
「私は今、何を守ろうとしているんだろう。」
傷そのものなのか。
それとも、傷ついた私という物語なのか。
まだ答えは出ないし、明日もまた思い出すかもしれない。
傷を忘れる日は来なくてもいい。
でも、傷ついた私だけが私じゃない。
そんな日が、少しずつ増えていけばいいと思う。



めちゃくちゃ分かるよおおお。
まじで本当に些細なことなのに、ずっとずっと胸に残り続けて、
「この香り…あの時の彼の香りだ…」なら分かる!香りをトリガーに思い出すとか、そのレベルじゃなくて、
なーんにもしてない時とかに、ふっと降りてきて、胸がぎゅうううってなるんだよね💦
喉が締まる感じもわかる!!!
私は大して上手く出来てないんだけど、
そんな時は、
「許します、丸めます、託します」がいいらしい!
思い出してしまう(とか、誰かに怒ってるとかでもなんでも、そんな)自分を許します。と唱える。
その感情を丸くまとめます。(実際に目の見えで丸を作る)
その丸い感情を空中に放って、
神様でも未来の自分でもなんでもいいんだけど、全て受け入れてくれそうな誰かに
託します。
そうしたら、気持ちが楽になるらしい!
別に今は楽にしなくてもいいタイミングかもしれないんだけど、
楽になれたらなぁって思った時は試してみてもいいかも!!
1人になる時間にふと思い出す事って、楽しい思い出より少しギュッと締めつけられるような思い出がある様に感じますね😌
忘れようとするのではなくていいんだ😌
そんな気持ちになりました😊